第三章

ファーストキス

 

12歳、夏、私。

 

「ねぇ、ひかりって小林君と付き合ってるの??」

私とまーくんは中学生になった。

といっても小学校と同じ区にある中学校だから小学校とほとんど同じメンバーだ。

だからクラスの雰囲気が小学校の頃と変わらないのである。

だから今小学校で一緒だった人なら誰もが知っていることを改めて聞かれて正直びっくりしている私がいた。

しかしながら、今質問しているのは違う小学校からきた子で知らなかったのは当たり前のことだと自分に言い聞かせる。

「うん、そうだよ」

私はあっさり答える。

すでにみんなが知っているというのは自意識過剰かもしれないが元クラスメートは全員知っていることなので隠す理由はない。

「うっそ!!私絶対ひかりより進んでると思ったのに!?」

彼女、持田あゆは目を零れんばかりに開き大げさに驚いて見せた。

「なんとなくそうかなぁとは思っていたけどねー。でもひかりってどう見てもそういう事にうとそうだと思ったのになぁ」

ふんふんと一人で納得した顔をする。

あゆとはまだ中学校始まってからの短い付き合いだがなんとなく息が合って一緒にいる。

「それで??ファーストキスとかちゃった???」

真っ直ぐな質問に私はどきまぎしてしまった。

こういう質問は何度かクラスメートとか友達に聞かれたりはしたけれど、あゆのようにずばっと聞かれたのは初めてだ。

「ないよ!ないない」

私が慌てて答えると

「ほんとうにぃ〜??」

と言いながら心なしか残念そうに見えた。

「付き合ってるんならすぐにしちゃうもんかと思ってたー。でもさ、そういうことしてないなら具体的に付き合う前と何が変わったの???」

何が変わったのと聞かれて私はドキッとする。

変わったのは周りだけであって私達は特になにか変わったところはない。

確かに少しまーくんの私への態度が優しくなった気もするけど特別何かが変わったわけでもなかった。

小学生の時のように一緒に下校するし、私の家で一緒に夕食食べたり、私の親が遅くなる日は帰ってくるまで宿題したり遊んだりすることもかわってはいなかった。

私はこれでいいんだと思っていたしまーくんも何も言わないから気にしていなかったつもりだったけど、じつは心の中で気になっていたのかもしれない。

これでいいのかなと。

今思うとこのとき私は焦っていたんだ。

まるで恋人らしくないと言われているようで。

 

 

13歳、夏、僕。

 

 

朝目がさめた時、一番にすること。

カレンダーのチェック。

ひかりと付き合いだして僕ははじめて知った。

彼女があまりにも日にちに無頓着なことを。

そして数字を覚えるのが極端にだめだということを。

数学が苦手なのは昔から知っていた。

九九がいまだパッとでてこないのも単に数学が苦手なのだと思っていたから気にもしていなかった。

が、実際は数学が苦手なのではなく数字が苦手だったのだ。

まあ、結果は同じことなのだが。

そしていつの間にか身についた習慣がこの毎朝カレンダーチェックだったのだ。

そして今日、僕とひかりが付き合いだしてちょうど一年になった。

特別なにかする予定はないけどどうせだからちょっと寄り道を考えていたりする。

ちょっと前にひかりがケーキ屋に一緒に付き合って欲しいとか言っていたから今日は特別って事でついて行ってあげようと思っている。

考え事をしながら準備していたらいつの間にか、家をでなきゃ遅刻してしまう時間になっていた。

今朝母さんが作っておいてくれていたであろうサンドイッチを何個かつかんで家を飛び出した。

 

 

 

 

ぎりぎり学校に着き靴を上履きに替え僕は教室へと直行した。

教室に入ったとたん僕の耳に入ったのはひかりと持田あゆの話し声だった。

ひかりの席はちょうど僕が入ってきた扉の側にあるので聞こうとしなくても耳に入ってくるのである。

はっきり何を話しているのかは分からなかったがなにやら僕とひかりのことらしい。

これ以上立ち聞きしているような感じになるのは嫌だったので僕からひかりと持田に話しかけた。

「おはよー」

「あ、おはよー小林君、あ、今小林君とひかりって付き合ってるのーって聞いてたんだ」

あいかわらず直球な持田。

「うん、まあそういうことだから」

なにくわぬ返事をした後僕はひかりに視線を向ける。

「おはよ、ひかり」

何を考えていたのかはっとしながら顔をあげ、

「あっおはよー、まー...ことくん」

と気のぬけた返事をしてきた。

具合でも悪いのかと聞こうとした時にちょうど僕達の担任が元気よく教室に入ってきた。

 

 

 

放課後、僕は荷造りに一番時間のかかるひかりを待っていた。

今残っているのはほとんど小学校の同級生ですでに冷やかしてくるやつはいなかった。

僕が待っていることにプレッシャーでも感じているのかひかりが急ごうとするが、いそごうとするほどもたついてしまっている。

仕方ないのでひかりに近づいて手伝ってあげる。

「急がなくていいから、ていうか何で本をかばんに入れるだけなのにそんなにかかるの」

と声をかけながら教科書を無造作に入れようとすると、

「だめ!そう入れるとぐちゃぐちゃになっちゃうでしょ」

と喝が入る。

ああ、そういう事と俺は一人で納得しながら何とか全部入れ終わり僕達はやっとのこと、クラスを後にした。

 

 

 

 

 

12歳、夏、私。

 

学校を出てすぐまーくんは私に聞いてきた。

「今日は何の日?」

私はドキッとする。

なんだっけ??

私は日にちに弱い。

というよりも数字を覚えるのが大の苦手だ。

唯一覚えているとすれば両親と、私のと、まーくんの誕生日ぐらいかもしれない。

「ええぇっと...今日何日だっけ??」

これだから。

よくこういう質問をしてはお父さんに「お前、学校言ってるのか??」と笑われる。

「7月9日」

まーくんは根気強く待ってくれている。

まーくんがこうやって私に何かを思い出させようとするときは大抵はお祝い事だ。

私は一生懸命思い出そうとする。

去年は何があったっけ??

頭を抱えながら考えていると涼しい風がまるで思い出せとでも言うかのようにポニーテールで出ている私の首筋をなでていった。

あっ...

そういえば去年も...

「思い出した」

とつぶやいてから私はまーくんの方に向いて微笑んだ。

それだけでまーくんは私がきちんとあれから一年が経過したことを思い出したのが分かったようだ。

まーくんも笑顔になる。

「よっし、思い出したご褒美にプレゼントをやろう」

わざと偉そうにまーくんが言う。

「っぶ、何それ??あたし何も用意してないよ」

「俺があげるんだからべつに要らないじゃん。それにまえ行きたがってたケーキ屋さんに一緒について行ってあげるだけだし」

「まーくん憶えてたんだ!」

そういってから私ははっとした。

私今、まーくんって読んじゃった。

中学に入ってからそう呼ばれるの嫌がってたのに。

あたふたしだした私をの気持ちを見透かしたのかまーくんが苦笑した。

「いいよ、俺らだけだったら。学校でそう呼ばれるのが、ちょっと恥ずかしいだけだから」

赤くなった顔を隠すようにそっぽを向くまーくんを見て私の胸がどきんとなる。

むずがゆいような、くすぐったいような気持ちに私は顔を一緒に赤くした。

まーくんは優しい、お兄ちゃんみたい。

といっても私もまーくんも一人っ子だから本物のお兄ちゃんがどんな感じなのかは見当がつかないけど。

あ、でもお兄ちゃん見たいって言うのは変か。

私たち付き合ってるんだし。

と思ったらまたこそばゆくなってきた。

(付き合う前と何が変わったの???)

ふとあゆの言葉を思い出す。

どくん。

今まで火照っていた気持ちが急に冷たくなっていく。

なんともいえない不安が押し寄せてきた。

「ここだろ??」

まーくんに聞かれてはっとする。

いつの間にか私達は目的地についていた。

私はまーくんの背中ばかり見て歩いていたから気づかなかった。

「うん、ありがとうー。私自分で言ってたことすら忘れてた」

「知ってる」

と言いながらまーくんが笑う、つられて私も笑顔になった。

カランカラン。

涼しい音が店内に響く。

このお店はもともと普通のケーキ屋さんだったのを改装して中でくつろげるスペースを作ったらしい。

ここら辺のお店と比べてひときわ古いこのケーキ屋さんはアンティークの造りとアットホームな雰囲気で人気があった。

カウンターでケーキとジュースを買った後私達はちょうど空いたいすに座った。

「ありがとう、まーくん」

甘いものが苦手なまーくんは、甘さ控えめのチーズケーキを一口に切り口に含んでいた。

「ん」

短く返事をした後フォークでクイッとお前も食べろよみたいな合図をしながら自分のケーキに戻る。

私のケーキは雪みたいに真っ白なクリームがいっぱい乗ったイチゴショート。

ここのイチゴショートは今まで食べたどのケーキよりも一番クリームが乗っていて甘かった。

カウンターで頼んだとき、まーくんがこれを見てすごい顔をしていたのが今でも笑える。

私のケーキはまだ半分以上もあるのにまーくんはすでに食べ終わって私を見ながら心なしかニコニコしている。

甘いと思った。

ケーキもこの気持ちも。

胸焼けを起こしそうなほど甘くて、溶けてしまいそうなこの気持ち。

これを感じているのは私だけなんだろうか。

あゆの言葉がまた胸に石を落とした。

 

 

 

まーくんはどう思っているのかな...

 

 

 

ある夏の日、第三者。

 

そして二人は店を後にした。

二人は人気の少ない公園を抜けながら楽しげに会話をしていた。

学校のこと、友達のこと、家のこと。

もうすぐ真っ黒になる空を見上げふと男の子は足を止めた。

「ひかり」

男の子は女の子に話しかける。

呼び止められた女の子も足を止め振り返る。

女の子は呼び止められた理由を探していた。

程なく男の子は理由を口にした。

 

 

 

「キスしよっか?」

 

 

その言葉はまるで「ご飯食べよっか」と言うようなあっさりしたものだった。

 

 

14歳、夏、僕。

 

光はしばらくポカンとしていたがすぐイチゴのように赤くなった。

正直、自分でもこんな事を言い出すとは思っていなかった。

なに言ってるんだって感じだけど本当なんだ。

ただ、急に、この紅色の暗くなっていく空を見ていたらなんだか切なくなって、無性にひかりに触れたくなった。

やっぱりこういうことは聞かないものかな、とかいう質問が頭をよぎったけど口にだしてしまったのでただひかりの返事を待つことにした。

「まーくんは...」

「え?」

ひかりが消え入りそうな声で俺の名前を呼んだ。

聞こえないのでそっとひかりとの距離を縮める。

「まーくんは、キス、したい?」

今度ははっきり聞こえる。

ひかりは赤くなりながらもちゃんと僕のことを見てきた。

「...うん」

今思うとかなり恥ずかしいが僕は正直に答えた。

ひかりはちょっと目を泳がせてそれからはっきりと言った。

「うん、私も」

その瞬間僕の体温が一気に上昇したと思う。

自分で言ったことなのにいざとなるとすっごくどきどきしてる。

両手を前に伸ばしてひかりの手を握るとちょっと冷たくなっている。

僕も、手が冷たいのに体は火が出そうな感じ。

ぎゅっと握るとひかりも握り返しながら目を瞑った。

心臓が痛いほどなっている。

僕はそっと顔を近づける。

まるで永遠を肌で感じたような、時が止まっているかのような不思議な感覚にとらわれながら、そっと近づいて唇が触れる寸前、僕は目を閉じた。

 

家に帰るとすでに夕食の準備が出来ていた。

今日はひかりの家族も早い日でひかりを家に送った後火照った頬を生ぬるい風で覚ましながら帰宅した。

結局あのあと僕たちは一言もしゃべらなかった。

まだどきどきしていたけど顔は赤くないことを確認してからなるべく平然をよそって母に帰ったことを報告する。

「お帰り、うがいしておいで」

という母の声にもう小学生じゃないんだから、と心の中で反発しつつもすでに習慣になっているので逆らえず洗面所に向かう。

うがい用のコップに水とうがい薬をいれ口に含む瞬間鏡に映った自分を見て手を止める。

このときなにを思ったのか、僕は自分の唇をペロッとなめてみた。

かすかに甘い生クリームの味がして、僕はまた赤くなった...

 

 

 

 

 

 

 

 

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